佐田小学校の目の前にあるよ!「青山城」の紹介
青山城
鎌倉時代、この地域の地頭として東国御家人の一人、宇都宮氏が派遣され、その後二百年たって、宇都宮親景が佐田荘(さだのしょう)に移住し、佐田氏を名乗るようになりました。室町時代になると大内氏が守護職につきましたが、佐田氏は、その下の郡代として活躍しました。
戦国時代に入ると、豊前大内氏と豊後大友氏が対立を深めてきました。この佐田地区は豊後大友氏の領地との境にあり、たびたび大友軍が侵入をしてきました。そこで佐田氏は、この山に青山城を築城し、防戦態勢を整えました。この城は、佐田氏8代、188年間使われました。
青山城は、6つの砦から構成される山城で、東西千m、南北六百mの山全体に砦を配置しました。この山は、北・東側が急峻なため、砦は北西・南西方面を重点的に防御するような配置になっています。
標高は三百m、なだらかな尾根づたいに登っていくと、土塁、空堀、土橋の他、一部石垣の遺構を確認することができます。途中には、展望ポイントが何か所かありますが、残念ながら木が生い茂り、現在では見渡すことができません。