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【情報提供のお願い】昭和初期の「校歌」について

【情報提供のお願い】昭和初期の「校歌」について

いつも本校の教育活動にご理解とご協力をいただき、ありがとうございます。 この度、地域の方より、昭和初期に歌われていたとされる「校歌」について、大変貴重な資料(画像参照)をご提供いただきました。

現在の学校の記録には残っていない歌詞なのですが、地元の「桧原の霊峰」や「津民川」、「長岩城の旧蹟」といった郷土の誇りが美しく詠み込まれています。

つきましては、この歌詞について以下のような情報をご存じの方がいらっしゃいましたら、ぜひ学校までお知らせいただけないでしょうか。

  • この歌詞で歌っていたという記憶や思い出
  • 作曲者や詳しい成立時期について
  • 楽譜や、当時歌われていた際の様子

地域の歴史を紐解く大切な手がかりにしたいと考えております。些細なことでも構いませんので、皆様からの情報をお待ちしております。
 
津民小学校校歌(昭和始)
一、桧原の霊峰いや高く 
  流れは清き津民川   
  自然の景に恵まれて 
  学ぶ健児の三百余
 (または、延びよ津民の教之草 )

二、長岩城の旧蹟は 
   守りは固し我が祖先
  智将・勇将・猛卒の
  勲は輝く古戦場

※教之草 (おしえのくさ)古い時代の和歌や校歌、あるいは教育に関する文章で使われてきた雅な表現です。
一言で言うと、「教えを受ける子供たち」を、草の成長に例えて美しく表現した言葉です。

※猛卒(もうそつ)とは、戦場において恐れを知らず、勇猛果敢に戦う兵士たちのことを指します。
※勲(いさお)」とは、「国や公共のために尽くした、輝かしい功績や手柄」という意味です。

つまり、過去の誇りを受け継ぎ、未来へ向かって健やかに伸びてほしいということでしょうか