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戦争を体験した方から話を聞かせていただいた8月6日「平和を願う日」

戦争を体験した方から話を聞かせていただいた8月6日「平和を願う日」

 8月6日は、今から81年前、広島に原子爆弾が投下された日です。国東小学校では、この日を「平和を願う日」と位置付け、毎年、平和集会と平和授業を実施しています。
 今年の平和集会には、戦争を体験され、今年90歳を迎えられる山際義和さん(東国東地域連合遺族会会長)をお招きし、戦中・戦後の暮らしや戦争の体験についてお話をしていただきました。
 山際さんのお父さんは、山際さんが9歳のときに硫黄島で戦死されました。父親を失ったことで、戦後の生活は大変苦しいものとなり、幼い弟や妹の父親代わりとして懸命に生きてこられたそうです。また、後年、硫黄島へ遺骨収集に赴かれた際のことについてもお話しくださいました。
 終戦後、お父さんの遺骨として届けられた木箱を、幼かった山際さんがこっそり開けてみると、中には小さな日の丸の旗が入っていたそうです。その出来事が心に深く残り、「いつか父の遺骨を故郷へ連れて帰りたい」という思いにつながったことが伝わってきました。
 硫黄島は、太平洋戦争における最激戦地の一つであり、日本軍は2万人以上の犠牲者を出し、アメリカ軍も太平洋戦争で最多の死傷者を出した戦いだったとされています。遺骨収集に訪れた際には、偶然、お父さんの部下だった方と出会い、お父さんが亡くなられた時の様子や場所を知ることができたそうです。そして、長年の願いであったお父さんの遺骨を日本へ持ち帰ることができたことを、感慨深く話してくださいました。
 また、戦時中は、お父さんが県庁に勤務されていたことから、大分市で暮らしておられました。大分駅から出征されるお父さんの姿を今でも鮮明に覚えていることや、昭和20年の大分空襲で市街地が焼け野原となった光景、防空壕へ何度も避難したこと、小学校でも十分に勉強ができなかったことなど、当時の様子を詳しく語ってくださいました。
 戦争を体験された方から直接お話を聞くことができる機会は、年々貴重なものとなっています。教科書では学ぶことのできない、生の言葉だからこそ、子どもたちの心に深く刻まれたことと思います。山際さんには、これからもお元気で過ごされ、また機会があれば子どもたちに貴重なお話を聞かせていただきたいと願っています。
 平和集会の後は、各学級で平和授業を行いました。どの学年も発達段階に応じた内容が工夫され、戦争の悲惨さや平和の尊さについて真剣に考える学習が行われました。学年が上がるにつれて子どもたちの学びも一層深まり、この取組の意義を改めて実感したところです。平和について学び、命の大切さや人を思いやる心を育むことは、これからの時代を生きる子どもたちにとって大変重要な学びであると感じています。

【平和集会の様子】

【平和授業の様子】