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学校案内

沿革史
2012年05月31日

本校は、宇佐市の北西部の四日市地区にあります。

四日市地区は、古くから用水が引かれ田園地帯として栄えてきました。

また、江戸時代には天領として四日市陣屋が置かれこの地域の政治の中心地となりました。

東西本願寺の別院が隣り合わせに存在する日本でも希有な存在として門前町としても栄えました。特に、明治以降は宇佐市商業の中心地として発展してきました。

本校は、

明治5(1872)年、正則小学校として発足、まもなく変則小学校も設立されました。

明治7(1874)年には、正変2校は統合され、四日市小学校となりました。

昭和42(1967)年には、市政発足により、宇佐市立四日市小学校と改称しました。

昭和48(1973)年に創立100年を迎え、新校歌を制定しました。

昭和60(1985)年には、児童数の急激な増加のため四日市小学校はいったん閉校し、              四日市北小学校と四日市南小学校として生まれ変わりました。

平成6(1994)年に、現在も子どもたちが学んでいる北校舎(鉄筋3階建て)が完成。

そして、現在に至っています。