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校長室より

かっぱ先生のひとりごと  「甘口カレーライス」
2020年11月18日

 貧しかった学生時代。夕刻、講義終わりに、以前紹介された専門書を、古本屋で手に入れたことを恩師に伝えた。すると、これから自宅に来るようにとおっしゃる。種友明先生。源氏物語現代語訳等の著書で知られる今泉忠義國學院名誉教授の愛弟子、生粋の国語学者だ。…この本にまつわる面白いエピソードでもうかがえるのかと、呑気な僕は何のためらいもなくおじゃました。

 玄関でスリッパに履き替えると、そのまま書斎に通された。先生の書斎の奥にはもうひつ部屋があって、そこが書庫になっている。書棚は可動式で、数え切れないほどの貴重な書籍が整然と並べられていた。一般家庭にあるものとしては目を見張るスケールである。先生は、家を建てたら書庫を作ることが夢だったと、引っ越しの時におっしゃっていた。これがそうなのだとその時僕は思った。

 しばらく、これらの書物にまつわるお話をうかがっていると、ドアをノックする音がした。「どうぞ」という先生の声のあとに、先生の奥様がお盆を手に入ってこられた。「小学生の娘向けの甘口ですが…」と差し出されたのは、奥様お手製のカレーライスだった。「夕食どきにおじゃまして申し訳ありません。」僕はとっさにそう言った。「いいえ、いいんですよ。それより、川野さん、『〇〇〇』(書籍名)をお買いになったそうですね。」「あっ、はい…???」どうやら、先生は、研究室をお出になる前に、来客があることと、その来客が大枚をはたいて『〇〇〇』(書籍名)を買ったものだから恐らくろくなものを食べていないであろうことを、奥様に電話で伝えておられたようだ。

 奥様が部屋をあとにされてから、先生と二人で甘口カレーライスを口に運んだ。「あの本、高かったでしょう。」「はい、おかげで、食パン1斤で1週間過ごすハメになりました。ハハハハ…」引きつり笑いをする僕に、先生は「おおかたそんなことだろうと思いましたよ。さあ、今日は遠慮せずにお食べなさい。」「はい!」…世間知らずのその若者は、こともあろうか、その後2度もおかわりをした。

 今でも、あの日のことを思い出すと、恥ずかしさで顔がほてり、ありがたさで目が潤む。仰げば尊し我が師の恩、忘れられない思い出だ。