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学校からのお知らせ

森中央小学校で蘇る久留島イズム
2014年07月19日

森中央小学校出身の「久留島武彦」先生について研究をされている金成妍(キムソンヨン)先生に、PTA広報新聞「あゆみ」に記事を依頼しました。

多くの方に「久留島武彦」先生について知っていただきたいので、その記事をご紹介します。

 

「森中央小学校で蘇る久留島イズム」

森中央小学校の卒業生のなかには、藩主の家系に生まれた男の子がいました。

絵とお話が上手な子どもでした。その子どもは、アメリカ人の先生から「人を育てる人間になりなさい」と教えられ、目を輝かす少年になりました。

その少年は、子どもの情操教育のために人生をかけたいと熱く語る青年に成長しました。その青年は、まだ子どもにお話を聞かせる専門的な口演童話家がなかった頃、日本で初めてお話の会を開き、多くの子どもを喜ばせました。

「お伽(とぎ)倶楽部(くらぶ)」と名づけた口演童話会は、またたく間に全国に広がりました。大人の俳優が子どものために演じるお伽(とぎ)芝居(しばい)も日本で初めて開催しました。

口演童話活動のかたわら幼稚園を通した児童教育及びボーイスカウトを通した社会教育活動も精力的に行いました。日本中の子どもの心に「久留(くる)島(しま)武彦(たけひこ)」という名前が刻まれていきました。

「継続は力なり」という信念のもと、日本全国津々浦々をくまなく語り歩き、訪れた幼稚園や学校は6000校を遥かに超え、「継続は勢力なり」という言葉のように、全国各地に童話を通した久留島イズムが根付いていきました。「相頼り相助けて行く精神」という桃太郎主義を児童教育観として唱えた久留島先生のお話の道30年を記念して、日本各地には桃太郎像が建立されました。そして、先生のお話の道50年を記念して、戦後唯一生き残った第三の桃太郎像が北九州の到津の森公園から玖珠町の三島公園に運ばれました。その時、桃太郎像を担いで来たのが森中央小学校のみなさまでした。昭和25年のことです。

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桃太郎像が見守るなか、日本一の童話碑が建ち、第1回の童話際が開催されました。童話碑の下には、久留島先生のお話を聞いて育った全国の子どもたちから贈られた小学校の名前が書かれた小石4万個が埋められました。

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森中央小学校が童話の里くす町の機軸となる久留島イズムを学ぶメルヘン教育を志向することは、川の流れのように自然なことだと思います。海に向かって勢いよく流れる川になりますように。   (玖珠町久留島武彦研究所所長 金成妍)

 

何はともあれ三年つづけてご覧なさい、その時はじめて一つの立派な仕事になります。   ―久留島武彦―