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学校からのお知らせ

郷土の偉人4(重光葵‥しげみつまもる)1887~1957
2012年10月22日

 重光葵(しげみつまもる)は,世界に平和を約束した全権大使として有名です。

 1898年に重光彦三郎の養子となり,国東市南安岐に住むようになりました。その後,東京帝国大学を卒業すると外交官になりました。

 第二次世界大戦の敗戦国になった日本代表としてアメリカの旗艦ミズリー号で降伏文書のサインをしました。この時,彼は「降伏文書の

サインをすることは日本にとって初めてのことで誠に残念だが,日本の将来を思い,文化・歴史を残すただ一つの道だから仕方のないことだ。」

と語ったと言われています。しかし,その影響でその後爆弾を受けて右足を切断したり,戦争責任者として4年半も拘留されたりしました。

 拘置所を出た後は,副総理までなりました。

 安岐町には,重光葵の功績を称えて「山渓異人館」があります。

重光葵写真.gif山渓偉人館.gif